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長野地方裁判所 昭和35年(行モ)3号 決定 1960年9月06日

申立人 有限会社新海タクシー

被申立人 長野県地方労働委員会

主文

本件申立を却下する。

理由

申立代理人は「被申立人が昭和三五年六月六日長野地労委昭和三五年不第三号不当労働行為救済申立事件につきなした別紙記載の救済命令第一乃至第三項及び第五項の執行は、申立人(原告)被申立人(被告)間の長野地方裁判所昭和三五年(行)第六号不当労働行為救済命令取消請求事件の判決が確定するまで之を停止する。」との決定を求め、その理由として「(一)申立人はタクシー業を営む有限会社であるが、申立人の従業員をもつて組織する新海タクシー労働組合(委員長小林忠雄)が昭和三五年二月一日被申立人に対し、申立人が(1)右労働組合に対し支配介入し、右組合の組合員に対し不利益な取扱いをした、(2)右組合の組合員小林忠雄らを組合活動をしたことを理由として解雇した、としてなした不当労働行為救済の申立に基き、被申立人は、同年六月六日別紙記載の如き救済命令(以下本件救済命令という)を発し、その命令書は翌七日申立人に送達された。(二)しかしながら、本件救済命令は左の事由により違法である。(1)申立人は右労働組合に対して支配介入したことも、組合員に対し不利益な取扱いをしたこともなく、前記小林忠雄らはいずれも任意退職を申出、申立人から賃金の精算を受け、慰労金をも受領して退職したのである。しかるに被申立人は、申立人が右組合に対して支配介入し、組合員を不利益に取扱つた結果右小林忠雄らが退職するに至つたのであると誤認し、本件救済命令を発したのである。(2)本件救済命令第一項は、小林忠雄の原職復帰と同人に対する給与相当額の支払を命ずるが、同人は前記の如く自発的に退職したのであり、且つ退職後北佐久郡浅間町の有限会社岩村田合同タクシーに運転手として勤務し今日に至つているのであつて、この事実によれば同人が申立会社に復職する意思を有しないことがあきらかである(同人自身申立会社に復帰する意思を有しないことを口外している事実もある)。それにも拘らず強いて同人を復職させるとすれば、同人をして右岩村田合同タクシーと申立会社に二重に勤務させることゝなるか、或は岩村田合同タクシーを無理に退職させることゝなり、不可能を強いるか不必要な退職をさせる結果となる。又給与相当額の支払いは原職復帰を前提とすることであるから、原職復帰が困難である以上その支払いも又困難であるといわなければならない。(3)申立会社においては、昭和三五年はじめ頃から退職者が続出し、同年七月一日現在従業員は二名を残すのみとなつたが、右二名は労働組合に加入していないので新海タクシー労働組合は事実上消滅している。従つて本件救済命令第二、第三、第五項を履行することは不能である。(三)そこで申立人は、昭和三五年七月四日被申立人を相手とし、長野地方裁判所に本件救済命令取消の訴を提起した(長野地方裁判所昭和三五年(行)第六号不当労働行為救済命令取消請求事件)。しかし、右訴訟の判決前本件救済命令が執行されると、その第一項については、小林忠雄は運転手の収入のみによつて生計を維持し、財産もないから、一旦給与相当額の支払を受ければ全額これを費消してしまうであろうから、申立人は後日救済命令の取消を得ても右小林から右支払つた金員の返済を受けることは困難である。のみならず、目下岩村田合同タクシーに平穏に勤務している同人を強いて申立会社に引きもどすとすれば、社会秩序に混乱を招くこととなり、ひいては、申立人も償うことのできない損害を受けることゝなる。又、本件救済命令第三項については、一旦かゝる謝罪状を交付すると、これを取戻す方法はなく、又、前記組合又はその上部団体が右謝罪状を一般に宣伝するおそれは多分にあるから、かゝる宣伝がなされると申立会社はその名誉と信用を著しく毀損され、営業上甚大な損害を蒙ることゝなるのみならず、前記岩村田合同タクシーの営業までも混乱させ、同時に申立人の営業上の秩序を乱す結果となる。(四)右のように本件救済命令が執行されると申立人は償うことができない損害を受けるおそれがあり、これを避けるため緊急の必要がある情況にある。そして右命令の執行を停止しても、前記のように小林忠雄は岩村田合同タクシーに勤務しているのであるから生活上何等の不安もなく、又新海タクシー労働組合は事実上消滅しているのであるから組合としても執行停止により何等不利益を受けることがない。しかも右執行停止により公共の福祉が害されることもないのである。よつて本件救済命令中第一乃至第三項、第五項の執行停止を求める。」と主張し、疏甲第一乃至第五号証同第六号証の一、二同第七号証の一乃至三を提出した。

よつて按ずるに、行政事件訴訟特例法第一〇条第二項によれば、行政処分の執行停止は、処分の執行により償うことのできない損害を避けるため緊急の必要がある場合にかぎり許されるものであることが明らかなので、本件救済命令取消の請求が一応理由ありとみえるかどうかはしばらくおき、本件救済命令の執行により、申立人に償うことができない損害を生ずるかどうか及びその損害を避けるため緊急の必要があるかどうかを検討する。

本件救済命令第一項につきみるに、申立人は、小林忠雄に対し、一旦原職復帰までの給与相当額を支払つてしまうと、後に救済命令が取消されてもこれを取戻すことは困難であると主張するが、疏甲第三号の四によれば、小林忠雄の申立人方における賃金は日給三百円であることが窺い得られるので、同人の退職の日から本件救済命令送達の日までの給与相当額は金四万円に達せず、本日までのそれも金六万四千円位になるにすぎない。従つて仮に同人が無資力であつて運転手の収入のみによつて生計を維持する者であるとしても、その収入のうちから弁済をなすことも可能であり、支払つた給与相当額を返済させるにつき若干の困難は予想されても、そのために申立人に償うことができない損害を生ずるおそれがあるとはいえない。又取戻が困難だからといつて、直ちに償うことのできない損害を避けるため、緊急の必要があるということはできない。そして、疏甲第四、第五号証によれば小林忠雄は現に有限会社岩村田合同タクシーにおいて稼動中であることが窺われるけれども、同人が申立会社に復職することによつて右岩村田合同タクシーに如何なる影響があるにせよ、それにより申立会社が直接損害を蒙るような事情は認められない。又申立人は、前記組合に対し本件救済命令第三項の文書を交付した場合、右組合又はその上部団体においてこれを一般に宣伝するおそれがあり、又後に救済命令の取消を得ても右文書を取戻すことができないと主張するが、右組合又は上部団体においてかゝる宣伝をなすおそれがあることを認めるべき疏明はないし、かりにかゝる文書を交付した事実が一般に知られることがあつても、その文言からみて、申立人に償うことができない程度の名誉や信用の失墜を生ずるとは考えられず、又右文書を取戻し得ないこと自体によつては、申立人に何等損害を生ずるおそれはないというべきである。他に本件救済命令を執行することにより、申立人に償うことができない損害を生ずるような事情は認められない。

そうとすれば、本件救済命令を執行することにより、申立人に償うことのできない損害を生ずるおそれは存しないのであるから、本件救済命令取消の請求が一応理由ありとみえるかどうかを検討するまでもなく本件執行停止の申立は失当であり排斥を免れない。よつて主文のとおり決定する。

(裁判官 田中隆 白川芳澄 橘勝治)

(別紙)

長地労委昭和三五年不第三号不当労働行為救済申立事件命令書主文

一、被申立人会社は、申立人組合員小林忠雄を原職に復帰せしめ、且つ、同人に対し退職の日以後原職に復帰するまでの間、同人が受くべき給与相当額を支払わなければならない。

但し、会社が同人に対し、昭和三五年一月三〇日支給した礼金一〇〇〇円を差引くものとする。

二、被申立人会社は、申立人組合の組合員に対して理由なく解雇の言辞を弄し、又は、営業所廃止を仄めかす等の圧迫を行い、又、組合脱退を勧誘する行為をして組合の組織運営に支配介入してはならない。

三、被申立人会社は、左記による文書を、この命令受領後七日以内に申立人組合あて手交しなければならない。

四、申立人組合のその余の請求を棄却する。

五、被申立人会社は、この命令の履行状況について命令受領後一〇日以内に当委員会あて報告しなければならない。

当会社が、貴組合員に対し、解雇を繰返したり、営業所廃止を仄めかしたり、組合脱退を勧めたりして組合の組織運営に支配介入し、組合員を退職、又は、脱退せしめたことは、誠に申訳なく、長野県地方労働委員会の命によつて陳謝の意を表します。

昭和 年 月 日

有限会社新海タクシー

社長 新海宇三郎

新海タクシー労働組合

執行委員長 小林忠雄殿

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